相手に期待をかける
最近外回りをすることが多いです。
この一番暑い時期にほんとについてないなあと汗を流してまわっています。
でもいいこともあります。
そうやって外をまわっていると色々な光景を目にします。
この前、京急線の平和島駅で降りると、小学生くらいの子供を連れたお母さんを目にしました。
お母さんは子供の一挙手一投足に注文をつけてました。
「ほら早く歩きなさい。何やってんの」
「ほら車が来たわよ。なんでもっと端っこ歩かないの。まったく。」
「今日6時くらいに帰ってくるのよ。分かった。なんで返事しないの。」
子供は返答する暇もなく矢継ぎ早にお母さんに注文をつけられ、ただ黙って
不満そうに、逆らう行動をとるばかりでした。
ここまで極端な例ではなくても、相手の短所に目がいってそれを矯正させようと
躍起になる人の例というのは多いものです。
また、最近こんなことがありました。
私は最近、ある電気会社の商品販売の委託を受け始めました。
そのため、よくその委託を受けた会社の事務所に行きます。
営業部ですから中にはできる営業マンとできない営業マンが当然ですが存在します。
私は営業部の営業マンのマネージャーの扱い方を見て、マネージャーの中でも
2種類の人間がいることに気がつきました。
一人は、できない営業マンに対し、
「やればできるよ。ちょっとやる気さえだせば、お前は能力があるんだから。」
「ちょっとこの仕事をお前に任せてみたい。営業のほうは今成績が
出てないけど、その間こっちの仕事で能力を発揮して欲しい」
という言い方です。
一方、別のマネージャーは
「成績が上がらないのはやる気の問題だ」
「どうしてこの契約が落ちるんだ。ちょっとどういうトークを
したのか聞かせてみろ。それじゃ全然ダメだ。今の成績のままじゃ、
事務のほうの仕事に移ってもらう」
お母さんの例と、この営業部の例を上げたのは、
世の中には2種類の人間がいるということを言いたかったためです。
一人は
相手に期待し、相手の能力を信じて期待をかけるタイプ
そしてもう一人は
相手のできない部分を指摘し、相手を矯正させようとするタイプです
外国の古いことわざにこういう言葉があります。
「犬を殺すにはその犬を狂犬呼ばわりすればよい」
これは、一度悪評が立ったら浮かばれないという意味ですが、
私はさらにそれを一歩進んで
相手を悪く評価すれば相手はそのような人間になるし、
相手を良く評価し、期待をかければ、相手は自分の望んだような人間になる
という風に理解しています。
というのも、できない営業マンのできない部分を悪く評価し、
それを直させようとしても、逆にその営業マンはどんどん悪くなる一方だからです。
私が委託を受けている電気会社のとある営業マンは今、営業成績が上げられず、
今は消費者調査部に回されました(要はアンケート回収です)。
しかし、そこのマネージャーは彼をそこで
アルバイトのチームリーダーとして役割をもたせ、期待をかけました。
その結果、彼は今生き生きと働いているし、業績も上がってきました。
結局、人間というのは、相手が期待したような人間になるのだなあとつくづく感じました。
なぜこのような話をしたかたというと
私の知る数々の愛される女も同じような行動をとっているように思うからです。
相手に期待し、相手の能力を信じている結果、男は彼女の期待に答えようと
がんばります。
逆に、この例でうまくいっていないパターンは
女が男に期待せず、それどころか、悪い評価をする、それを口に出す。
子供のいる夫婦ではそれを最悪なことに子供に伝える。
皮肉なことですが、彼女が評価したとおりの人間に男はなっていきます。
どうやら、人間は相手が評価したとおりの人間になっていくようです。
その相手というのが親であったり、恋人であったり、上司であったり、教師であったり、
その人にとって影響力がある人間であればあるほど効果はてきめんです。