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共感

「共感」 

今日、テレビを見ていたら、間寛平さんのマラソンドキュメンタリー

をやっていました。

間寛平さんのラストランを取材したもので、スパルタマラソンの模様を

取り上げていました。

ちなみにスパルタマラソンは世界一過酷なレースといわれています。

その理由は苛酷な環境に加え、走らなければならない膨大な距離です。

スパルタ教育など、その過酷さは今なお、過酷さの象徴として残っています。

そのスパルタマラソンですが、結局、寛平さんは完走できませんでした。

その寛平さんが完走できなかったことを娘と息子に電話で報告する場面の

ことです。

それまで気丈に涙を見せなかった寛平さんですが、

「ごめんな。完走できへんかった。」

と電話口でついに涙を見せる寛平さん。

それに対して、電話口で話をする娘と息子。

それが、対照的だったので、書きたいと思います。

まず息子。

寛平さん

「ごめんな。お父さん、リタイヤしてしもうた」

息子

「。。。

 まあ、ええやん。最後っぽくて、そのほうが最後っぽくって
 ええと思うよ。」

寛平さん

「そうかな?ほんま体がもう動かへんかったんや。。」

息子

「ええんちゃうん。最後っぽいと思うよ。そのほうが。
 そういうもんと違うん?最後って。」

次に娘に電話


寛平さん

「ごめんな。お父はん。だめやった」

「うん。。」

寛平さん

「頑張って完走しよう思たんやけどな、体がゆうこと利かへんねん。。」

「よう。。頑張ったな。。」

寛平さん

「ほんま。。ごめん。。」

「うんうん、私はお父さんが無事やってくれたら
 それだけでいい。。」


親子の愛情を見て私もウルウルきた瞬間でした。

この話を題材にするのもどうかと思うのですが、

あくまで参考にということで、扱いたいと思います。

この娘さんと息子さんの想いは同じだと思いますが、

寛平さんへの伝わり方としては、どちらがよく寛平さんに気持ちが

伝わっていると思います?

答えは。。

(シンキングタイム)


娘さんのほうです。

娘さんと息子さんの二人の違い、何だと思います。

それは、共感が入っているかないかと言うことなんです。

娘さんの場合、

「よう頑張ったなあ」

という共感や

「無事やってくれたらそれだけでいい」

という共感を前提とした自分の想いの表現があります。

それに対して、

息子さんの場合、

共感がなしに

(あくまでも表現上の話です。心の中で共感があるのは
 見ている視聴者や寛平さんにも言うまでもなく分かっています)

「最後っぽくてええんちゃうん」

という自分の意見と相手に対する評価が入っています。

なぜ、こんな話をしたかというと、

実は人というのは、相手の意見や評価はびっくりするくらい

受け入れない、あるいはほとんど聞いていない、耳に入らない

生き物です。

ただし、それには例外があります。

自分に対する共感が前提としてある場合です。

相手に自分の気持ちを伝えたい、自分の意見を受け入れて欲しいという場合、

まず相手への共感を言葉で表現しないと相手は聞く体勢に入りません。

なぜなら、「人」は自分の気持ちを十分にくんでくれないと、相手には心を

開かないからです。

よく、相談メールなどで、意見を聞いて欲しい、受け入れて欲しいという

メールをもらいますが、その場合でも同じことが言えます。

人は相手が共感を示してくれ、

「この人は自分に対して共感してくれている、理解を示してくれている」

という気持ちにならなければ人に対して意見を聞き入れることがありません。

今回はコミュニケーションのお話でした。

*なお、娘さんと息子さんの寛平さんに対する想いは同じものだと思いますし、
 このマガジンは二人の想いに優劣をつけたり、評価をするものではありません。
 あくまでコミュニケーション上の伝わり方の材料として取り上げさせて
 いただきましたことを重ねてお断りしておきます。